製品イメージ:鹿児島の郷土菓子のテーマに“オール鹿児島”の原材料で挑む
  • 風月堂:さつまどりサブレ

イメージ:風月堂

薩摩藩11代目藩主の島津斉彬(なりあきら)公は、早くから洋学に明るく、藩主となると藩政改革を行い、西郷隆盛や大久保利通などを登用し、明治維新の先駆けを成した人物として知られています。
斉彬公の記録『斉彬公御言行録』の中に「薩摩藩の軍の要である兵士を大切にするためには食糧が乏しい状態ではいけない。そのためには携帯に便利で、なおかつ長持ちする食糧が必要不可欠である」と記されています。このことから日本の焼き菓子は斉彬公によってつくり出された兵糧菓子が原点、という説があるのです。さらに、興味深いことに、斉彬公は米粉を大量に挽く技術を確立したり、黒砂糖から氷砂糖や白砂糖を作り出す製法も開発していたという記録も。このような取り組みをもとに斉彬公の命を受けた薩摩藩士がいろいろな方法を試み、味にもすぐれ、しかも虫が食わないようなごま入りの兵糧麺包(サブレやビスケットに近いもの)をつくり出すことに成功したのだと言われています。

西郷隆盛は明治元年(1868年)、戊辰戦争の際に、出兵する兵士のために江戸の風月堂に依頼して、5000人分の兵糧麺包を薩摩藩に納入させたという史実が風月堂の沿革に残されています。 西郷隆盛は、兵糧麺包の研究・製造に従事した藩士から教わった焼き菓子の製法を風月堂に持ち込み、つくらせたのではないかと言われています。「焼き菓子の近代化は薩摩から始まった」と言っても過言ではないのです。

時同じくして、薩摩藩では、藩士の士気高揚の目的で闘鶏が盛んに行われてきました。勝利を連想させることから「薩摩鶏は縁起がいい」と言われてきたということで、薩摩鶏をモチーフにしたサブレを開発。昭和39年に「さつまどりサブレ」として誕生しました。

当初から鹿児島の素材にこだわり、熟練の職人がひとつひとつ丁寧に焼き上げます。水は垂水市から取り寄せ、風味が格別という「高千穂バター」など原材料はすべて鹿児島県内のものを使用しました。
6種類の味にも、塩はトカラ列島の小宝島の温泉塩、黒糖とごまは奄美から、南九州市から知覧茶を、種子島の紫いもをそれぞれ使用しています。「さつまどりサブレに限らず風月堂のおかしづくり全般に言えることですが、和の素材を使っていても、味も見た目も和だけではない雰囲気を出すということを考えて開発しています」と話す企画製造部の大迫清貴さん。この地産地消への貢献とおいしさが認められ、さつまどりサブレは、平成20年には第25回全国菓子大博覧会にて最高位である名誉総裁賞(文化部門)を受賞。名実ともに鹿児島を代表するお菓子となりました。「鹿児島でしか味わえない、“本物の”鹿児島のお菓子をつくりたい」という信念でつくる風月堂のお菓子。ぜひ、歴史と郷土を感じながらお召し上がりください。

「伝統と革新」をイメージした、県内最大の繁華街天文館の「Fugetsudo」では、ケーキやパンなどを販売しています。

年300万枚製造するというさつまどりサブレの機材。

「風月堂のお菓子は鹿児島にしかないお菓子。鹿児島に来て味わって、そして知ってほしい」と話す馬場甚史朗社長。鹿児島の幕末の歴史も熱く語っていただきました。

本ページの記載事項は、2016年5月20日現在の情報です。

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こちらの賞品はお申し込みを終了いたしました。 風月堂 さつまどりサブレミックス ルーツは島津斉彬に。薩摩生まれの誇り高きサブレ 3,600point個包装 賞品番号:W1-36830 18枚入(プレーン、紫芋、知覧茶、黒酢黒糖、しお、ごま 各3枚)

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